アートから学ぶコミュニケーション 高齢者施設の実践を通して~音の玉手箱(2019年度) in じゃんけんぽん大利根前橋(3回目)
今回は、2016年から行っている高齢者施設でのワークショップの現場で起こっているコミュニケーションの意義や、そこから日々のケアのあり方を考えることを目的に、医療/福祉従事者の方を対象に初公開し、実際にワークショップも体験する会として実施しました。
日時:2019年11月18日(月)13:30〜16:30
場所:じゃんけんぽん大利根前橋 小規模多機能の家(以下、STK)、グループホーム(GH)
アーティスト:石坂亥士(神楽太鼓奏者)、山賀ざくろ(ダンサー)
スタッフ:岡安賢一(映像記録)、今井朋(アーツ前橋)、小田久美子(コーディネーター)
ゲスト:山口智晴氏(群馬医療福祉大学)
参加者数:利用者25人+施設職員9人+研修参加者7人+スタッフ等関係者8人
協力:認定NPO法人 じゃんけんぽん、群馬医療福祉大学
助成:平成31年度 文化庁 地域の博物館を中核としたクラスター形成事業
主催:アーツ前橋、アートによる対話を考える実行委員会
告知チラシ
スケジュール
13:30〜14:00 趣旨説明、参加者自己紹介
14:00~15:00 ワークショップ(STKとGH)
15:15~15:30 レクチャー
15:30~16:00 クロストーク
16:00~16:15 参加者との意見交換
フォトレポート
終了後の意見交換(一部抜粋)
山口:今回のテーマの「コミュニケーション」についてですが、最近では入試に取り入れられたり、コミュニケーション能力を身に付けたいと言う人もいます。便利な言葉ですが、よくよく考えてみると意味不明な言葉でもあります。コミュニケーション学という分野は確かにあります。話す、聞く、読むといった認知機能としての言語と、そうしたバーバル(verbal; 言語)以外の、表情や雰囲気といったノンバーバル(non-verbal; 非言語)なものもあり、多様なものです。
医療福祉介護の現場では、そういう概念がないほうが上手くいくのではないかとずっと思っています。技能実習生で、言葉が通じない外国人学生でも一生懸命に利用者と関わろうとしているほうが、日本人学生よりもコミュニケーションが取れていたりします。「担当の**です」という風に利用者と接し始めるよりも伝わるものがあるのではないかなと。
このワークショップは、「即興」と言いながら、場面、空気感、なども見ながら行なっています。バーっとやって、ポンと終わるのも、フィーリングでやっているのかもしれませんが、そういうものからきっと学べることがあるのではないかと思っています。じゃんけんぽんさんは、地域に根ざしていて生活感がある施設です。大きい特養は、無機質で生活感がなく、潤いがないところもあります。生活の中では潤いが大事です。今日も「またきてねー楽しかったよー」と利用者さんに言われて、「うるさくなかった?」と聞き返しても、「楽しかったよー」と言っていました。私は、つい音が大きくてうるさすぎて疲れていないか気にしてしまいますが、参加している人は楽しそうです。医療福祉に関わる人は知識が先にきて、相手を病気や障害の特性に応じて「介護してあげる」という関係になりがちです。しかし、人とのコミュニケーションは相手があってこそです。相手の表情や反応を細かく感じとり、プログラムを展開するアーティストに学ぶことがあると思います。
そこで、アーティスト2人からヒントを教えてもらって、それが現場に活かせるのではないか?と思っています。これからは、その辺りのお話を聞ければと思います。
今回参加された方も、こうした意図を汲み取った上でご意見をいただければと思います。せっかくなので、参加してみて感じたこと何でも良いので、教えていただきたいです。
参加者:認知症に限らず高齢者を介護していると、だんだんしゃべるのが遅くなるのを感じますが、ただ認知症の人もたまに正気にかえる瞬間があるようです。もっとやわらかい言葉で話せると良いのではないかと感じました。
山口:認知症の人や病気の人などは、確かにその人個人ではなく病気や障害に対応しがちですね。医療福祉も個人に対応する方に最近は修正されだしてきてはいますが。
参加者:どう関わっていいかはじめはわからなかったのですが、途中から楽しく過ごせばいいんだなという気持ちになりました。施設でも楽器や場があったら、お店などに行かなくても施設の中でいろんな人が入り込んでのハレの場が作れるのではないかと思いました。施設によって、例えば特養は外部から人が来る環境は整っていないので、施設内でするのは難しいかもしれませんが、地域のスペースを使ってできればいいのかなと思いました。
山口:アーツ前橋からこの活動の効果検証をしてほしいという話をもらった時は、どうしようと感じました。予算獲得のために説明責任は確かにありますが、楽しそうにやってればそれでいいのではという部分もあります。どういう風にこういう活動が周知され、広がるかというのはすぐに答えは出ませんが、対話を重ねることがまずは大事かなと思います。サービスを提供してあげるというスタンスに介護現場はなりがちですが、利用者さんたちと一緒に作っていくということが大事なんだろうなと思います。
参加者:一昨日も母が入所している施設へ行ったのですが、じゃんけんぽんとは雰囲気が違います。施設の方は母にとてもよくしてくださっていますが、全体として「しーん」としています。何かあれば、お願いすればやってくれますが。
今日、ワークショップが終わった時に、男性の利用者さんが「頑張りすぎた」と言っていたのですが、彼は他の人を元気付けようとしていました。そういう場を作り出していく施設の人たちの力は、どうやったら培えるのかなと疑問に思いました。私は母のいる施設には入りたくないと感じます。母はうるさいことは嫌がりますが、今日はその賑やかな中でただ見ている人もいるし、自分のやり方や居場所があるようなことはいいなと思いました。こういう活動が広まっていけば良いなと感じます。マニュアルに従うだけではなく、新人の職員さんなどは、目の前の人を見て、感じる力をつけて欲しいです。私自身も専門知識のマニュアルだけではなく、音楽やダンスからいろんなことを吸収して、目の前のいろいろなことができず表現ができない人から汲み取る力を持ちたいと思いました。
山口:アーティストはその辺りはどういう思いでされているのでしょうか?アーティストとしては高齢者施設はヘビーな現場だと以前仰っていましたが。
石坂:皆さんが話していることと共通していますが、きっと皆さんが思っているよりも丁寧に関わっています。えいめいからこの活動を始めましたが、高齢者の方の体に気を使ったりして、どんどん丁寧にやっていくようになりました。今日いろんな人と一緒にやってみて、音が耳につくことが多かった印象です。普段は丁寧に一つひとつ組み立てていて、嫌な音は僕からは出さないのですが、今日はみなさんがいたので音のコントロールがしづらい環境でした。音は、体で聞きながら吸収できるものです。丁寧さというのは、自分が何をどうやっていこうということではなく、ちゃんと相手と向き合うということをしています。楽器は音があまり立つものは持ち込まないようにするなど、勉強しながら進めています。
山口:亥士さんの耳に立つ音というのはどのようなものでしょうか?
石坂:音を鳴らそうとして鳴っている音ですね。体はオフで、手だけで鳴らすとあまり良くないです。体も乗ってくると柔らかい音になります。ざくろさんもたまに雑になることがあると感じますが(笑)。体がほぐれると、音としても体に入りやすくなります。この活動は、体ありきで、音とダンスのセットというのも面白いと思っています。
山賀:今日は音を出させよう、やらせようとしている人も、確かにいたかもしれないですね。こればっかりは時間をかけて経験してみないと分からない部分もあります。反応がない人も、5分、10分くらいかけてみる。賑やからだからいいというわけではなく、アンサンブルなので、個別のやりとりが良くないと全体も良くならないんですよね。
石坂:音に敏感なおじいさんが、耳をふさいだりしているかどうかがじゃんけんぽんではバロメータになっています。決まった1つのリズムにしないことが面白くて、1回目のSTKはダメだったが、2回目のGHは良かったですね。子どもは体が柔らかいので自然といいリズムが出ます。
山賀:GHの方は雰囲気が静かだからか、良くなってきていた気がしました。我々もはじめのSTKではがんがんやってました。
石坂:何回かやってみないとわからない部分はありますよね。
山口:じゃんけんぽんさんのスタッフさんにお伺いしますが、普段の活動と比べてこの活動はいかがでしょうか。
じゃんけんぽんスタッフ:いつもより耳をふさいでいる人は、今日は確かに数は多かったですね。認知症に対応するのにどうしたら良いかという話がありますが、個別に違うのでなかなか一概にどうとは言えませんが、確かに自分が目の前の利用者さんや場から、職員が感じ取れる能力は必要だなと感じます。居室にずっと入っている終末期の方も、まぶたの動きが多くなる、手が動く、肩の動きがあるなど、ほんのちょっとした動きや反応が大きな発見です。表情がなくても、まばたきや目の動きがあります。
非日常的なことは毎日あると違うかなと思いますが、こうした活動でたまにあるとそいういう違いが見られます。
STKの利用者さんも、自分からGHに動いていました。いろんな楽器をいろいろ試していて、子どものようにまだまだ自分の中で探究心があって面白いと感じました。
山口:そこには必ず対話がある、ということですね。厳しい感想などのフィードバックも大事だと思いますし、それを日頃のケアに返していくことが大事なのではないかと感じます。形にしなければと悩みますが、なんらかの形で継続したいと思いましたし、次の展開があるのではないかと感じました。今日の感想をアンケートにぜひ残して欲しいです。
じゃんけんぽんスタッフ:展覧会で流している映像の中で、3人ほど他界されている方が既にいらっしゃいます。ある利用者さんの娘さんが、展覧会を見に行かれて何回もそのシーンを見て、その時の母が本当の母らしかったと喜んでいらっしゃいました。音から見えることがすごく良かったんだと思います。
じゃんけんぽんスタッフ:今日は大勢がやってきて、利用者さんが目を見開いて驚いていて面白かったです。いろんな表情があって、いつもと違うという印象です。楽器を持たされても、本人なりに試して変えたり、考えている様子がありました。介護していると日々時間に追われているのですが、こうした機会でそうした反応が見られるのは面白いなと思います。
山口:医療福祉現場では、なかなかそうした利用者の個別の反応を追える時間はないと言われますが、そういう時間も本来必要なのではないでしょうか。
じゃんけんぽんスタッフ:音で会話すると言いますか、同じ空間に一緒にいることで、それもコミュニケーションなんだなと思います。同じ時間を共有して、お互いの表情を見て心を交わすような。だいたい耳が遠い人が多いので、あまりやかましさがないのかもしれないです。どこまでかはよくわからないのですが…補聴器使っている人は、遠くの音も近くの音も同じように聞こえるのでそういう方はうるさいかもしれません。
岡安:いろんな利用者にアプローチしているおじいちゃんは、もしかしたら普段一緒に会話をするのは難しいかもしれませんが、楽器だったら一緒にできるという感じがしました。
じゃんけんぽんスタッフ:その方は言葉よりもいろんな表情や動きでコミュニケーションを取ろうとする人で、スタッフも学ぶことが多い方です。
参加者:質問ですが、先ほどの石坂さんの話に出ていた、高齢者やこの現場に適さない楽器とはどんなものでしょうか?
石坂:太鼓で高音が出るものや金属系の楽器も合わないように感じます。楽器のもつ音自体はいいのですが、楽器に慣れていない人が使って、使い方によってうるさい音が出ないものが良いかなと思います。
参加者:楽器を渡されただけでは、どこを目指しているのかわからないので、今日はやりながら全体的な音の中でもっと出した方が良いのか?と感じていました。アーティストの中には、全体で目指したい感覚や音があるのでしょうか?
山賀:これまでいろいろやってきて「今日はいいな」と思った会もあるのですが、その成功体験を模倣しようとすると、必ず失敗するんですよね。
石坂:毎回、真っ白でやることを大切にしています。…なので、うっかり活動に向いていない楽器を置いてくることを忘れてしまうこともありますが(笑)。
山賀:いいアンサンブルは時間がかかりますよね。
石坂:認知症のある利用者さんは、毎回忘れていて積み重なるものはそんなにないと思います。何かを目指しているわけではなく、その場が活性化し、細胞が生き生きしてくる、それのみかもしれません。今後、今日と同じように外部から人が参加する場合には、一緒にやる人たちに対して1時間程度、事前にワークショップしてから現場に入ると良いかもしれないと感じました。いきなり来た素人に介護しろということ自体が無理なので、それと同じように、利用者さんのことを考えると、今日のようないきなり入るスタイルはやめたほうがいいですね。嫌な音は出さないほうがいいですし。音は諸刃の剣です。
山賀:とはいえ、我々がいなくても皆さんだけでできることもあると思うので、そこはやるといいですよね。
じゃんけんぽんスタッフ:同じ人でも毎回反応が違って、前回は良くても今回も良いとは限らないんですよね。その人の心の状態は違うので、そこも見つつがいいんだなと思っています。
(写真=阪中隆文、編集・投稿=小田久美子)