南橘団地住民インタビュー②
日時:2021年3月2日(火)
場所:南橘町自治会室会議室
参加者:森島(南橘団地住民、元南橘町自治会長)、中島佑太、岡安賢一(動画撮影)、今井朋(アーツ前橋)
南橘団地の住民インタビューの第二回には、2016年の表現の森プロジェクトの立ち上げの段階から2年前まで南橘町自治会長をされていた森島さんにインタビューを行いました。森島さんは、南橘町の自治会長を計8年務め、その任期中には南橘団地の古い建物の取り壊し、新しい居住棟の建設など団地の大きな変遷を自治会長として見守ってきた方です。森島さんは、2016年当時、始まったばかりの中島佑太と南橘団地の活動を最初に相談に伺った方でもあり、南橘町の子ども育成会との連携を評価してくださり、今後もぜひ子ども向けのプログラムを継続してほしいとの要望もいただくことができました。
なぜ南橘団地へ?
愛知県出身、サラリーマンで転勤族でした。37歳の時に、妻の実家のあった群馬に引っ越して既に40年がたちます。群馬は、殺伐とした場所で、とてもとっつきにくい。人間関係は苦手ではないですが、それでも難しい場所だと感じました。南橘団地ができる時に戸建てエリアもでき、そちらに住んでいます。
南橘団地の変遷は?
昭和42年から住居が立ち始め、前橋市内では広瀬団地に次いで歴史がある団地です。新棟に新たに入居する人はいますが、最近では古い建物は入居者の退去後、新たに入居する人を見つけられず、団地は高齢化しています。生活保護の方で入居されても、ある程度自立できると、退去されますし、高齢者で、生活保護を受けている人たちの中には団地に長くいる人たちも多いですが、民生委員の形はプライベートに入り込むことは難しいのが現状です。
外国人の方も多く居住していますが、コミュニケーションを取ることが難しく、トラブルになってしまうこともあります。この一年は外国人の新規居住者の方はほとんどいなかったようです。これまでは、中国籍の方が多く、親戚関係で住み始める方が多かったですね。東日本大震災の影響で、東北からの避難家族の方もいましたが、既に団地を離れてらっしゃると思います。南橘団地は、とても早いタイミングで避難世帯を受け入れました。ここ最近は、外国籍の方や東北から避難された方が一時的に居住する場にもなっていました。
旅の思い出はありますか?
普段は畑いじりをしているので、なかなか旅に行くのは難しいですね。3月半ばは、馬鈴薯などのイモ類を春先はキュウリなどの夏野菜などを畑を借りて植えています。若い頃にアメリカのボストンに三週間滞在したことがありました。アメリカ資本の会社の子会社で働いていたので、ボストンに本社がありました。会社の命令で、勉強のために滞在しましたが、システムがあまりに異なっていたので勉強になりませんでした。高度経済成長期のまっただなかでおもしろかったですね。ボストン美術館では写楽の版画をみたり、ニューヨークは肉がおいしかった。いろいろなもののスケールも違いました。
新婚旅行には四国の金毘羅様へ行きました。二人で相談して行き先を決めましたが、旅の途中でフイルムをなくしてしまい、写真はまったく残っていないんです。また、どこか旅に行けるなら九州に行きたいですね。ボストンはもういいかな。
今後の活動についてアドヴァイスを
「ぼうけんあそび」という活動を手伝っていて、夏休みに子どもたちと遊ぶプログラムをしています。そのような枠の中で一緒に活動をすることも今後考えられるのではないでしょうか。
(インタビュアー:中島佑太、記録:今井朋、写真撮影:岡安賢一)