ゆったりアーツ10/山本高之「リターンして、ラーニング」
リターンして、ラーニング/Return & Learning
ひきこもりな人たちと休日の美術館に訪れる「ゆったりアーツ」。今回の展示はアーティスト山本高之が美術館のラーニング(教育普及)について考えたものです。まずその構造からして前提を踏まえないとツボが分かりにくいかもしれないですが、通常、美術館ではアーティストが作品を制作し、観客がその印象や作家の心情などを詮索しながら楽しむのが普通のイメージだと思います。しかしアーツ前橋が今回掲げたのは、近年日本の美術館でも重要なプログラムの一つと言える教育普及について、イギリスのテートモダンのラーニングチームにて1年間文化庁の在外研修をしてきた山本がアーティストなりに考えてみるというものでした。そこで山本はそのオーダーに対し発想をさらに180度反転させ、作家がラーニングを開発するのではなく、まずは美術館がラーニングしてみようとオーダーを返しました。通常、美術鑑賞は作品と作家の想像はしても、その裏にある選定や設置に関わる学芸員の仕事については、表舞台で見る機会がありません。今回はその学芸員の姿が展示室にあらわにされるという、変わった企画になっています。
ここで展示室に現れたのは、普段見えない存在である黒子としての美術館ではなく、学芸員一人一人の顔が見える人間性の回復のように見えました。また、現代美術の知能戦を楽しむアートフリークでなくとも、展示は賑やかな楽しいもので、笑いを誘う造作や仕掛けがそこかしこに配されています。アリスメンバーにしてみれば、なんでムカデが絵の横に?なぜサーフィンに行くの?など、愉快な空間でした。アリス最年少の小学1年生は普段は家に引きこもりがちで、2ヶ月に1回の「ゆったりアーツ」を楽しみにやってくるので、今度は山本さんのWSにも誘ってみたいと思います。
この「ゆったりアーツ」も開催が10回に達するとは、当初考えもしませんでした。アリスと交流が始まった「表現の森」も活動4年目に入り、この秋には続編としての展示が予定されています。そこで現在、アリスの広場では、大きな変身を狙って別団体とのシェアスペースを準備しているところです。パートナーは「ハレルワ」というLGBTの支援団体で、「ひきこもり+LGBT」という可能性に心拍数が上がります。ひきこもりな人たちは変化が苦手なのだから、それこそ一大決心のプロジェクトですし、それはハレルワにとっても同様。思うように進まず、繋がらない言葉を解いては結び直し、こんがらがりながら、お互いが寄り添える場所を探しています。
この活動も言ってみれば、社会では不可視とされている人達が表に立つ姿であり、美しい物語とは真逆の疲弊が入り混じっています。そうやって心を擦り減らしながらも、彼らは集い、口を開き、寄り添うことにトライする。そして破綻と学びが生まれる。それは卓球のラリーにも似ていて、際どくも秀逸なリターンが続いた時は、思わず「おっ」となります。この姿が興味深く、現場は自分にとってのラーニング(学び)となっています。造形としての作品が不可視な分、その裏の隠れた存在が際立ってくるので、このような「アーティストが何やってるの?」みたいなアートがあってもいいのではないかと思っています。
(執筆・投稿 滝沢達史)
日時:2019年7月24日(水)13:00〜16:00
参加者数:合計14人(若者4人、アリスの広場ボランティア3人、アリススタッフ1人、保護者1人、見学1人、スタッフ4人)
スタッフ:滝沢達史、山本高之、吉田恵美+今井朋(アーツ前橋)
場所:アーツ前橋