アリスの広場 若者の執筆(2)Yさん
中学2年の終業式、もうここには来ることはないと思いました。そして荷物を全部放置したまま、もう学校には行きませんでした。小学校の時からずっと疲れてしょうがなかった。だからもうこれ以上疲れたくないって思いました。いつも疲れていたから、どのくらい疲れているのかもわからなかったけど、ひきこもるようになって初めてその疲れがわかりました。小学校も休みがちで、一番楽しかった思い出は、4年生の時に学校を抜け出して30分くらい散歩をしたことです。そのあとすごく怒られましたが、この1人の時間が「安らぎ」なのかも ? と思ったことを覚えています。あの時のような安らぎを求めていました。
子どもの頃、笑わない子だねっておばあちゃんに怒られました。両親は私のことより「仕事」を大事にしていると感じていたし、親ともうまくコミュニケーションが取れない子でした。両親ともに教育関係の仕事だったので、私も優等生的な振る舞いをしなければと感じていて、私には家庭も安心できる場所ではありませんでした。私の心は誰にも認識されず、透明人間のようだと、そんな風に生きていました。
私は今、信頼できる友達が少しできました。だから今は、昔のことがよくわかってきています。例えば最近、イヤーマフを使うようになって、音が苦手だということに気づきました。学校が嫌だったことも校舎の反響音がストレスだったと今になれば分かるのです。そのことに気がついてから、 聴覚についても興味が湧いて、手話の勉強に行ったりもしました。昔は1人きりで信頼できるものがないと感じていた世界も、「もしかしたら私が気づかなかっただけかな ?」と最近では思えるようになりました。
私が外に出ようと思ったのは、ひきこもってから10年が過ぎた時。「このままでは死ぬ、、かも。」 と思い、意を決して相談センターに出かけ、3ヶ月くらい通いました。そこは相談に乗ってくれる人が代わる代わる私の話を聞いてくれるところが気に入っていたのですが、ある時、「もっと効果的に相談を進めていきましょう。今日から私が担当です。」と唐突に決められたことが嫌で、それきり行くのをやめました。そして、その翌日にアリスの広場に行きました。アリスの広場では同じような悩みを抱える人たちがいたので、一緒にハローワークに行ったり、アーツ前橋に出かけたり、ボランティアやアルバイトも経験しました。色々繋がる窓口があったことが良かったです。
滝沢さん主催の「ゆったりアーツ」は、アートってなんだろうという興味から参加していましたが、 あまり面白いとは感じていませんでした。(ごめんなさい ! )。それに、美術館の反響音が強く、空間が心地よいと思えなかったことも要因のひとつです。(それでも参加していたのは学芸員の今井さんに会いたかったから ! )。そんな中でも、岡本太郎展に展示されていた縄文土器のことをよく覚えています。「あ、太郎、いいじゃん」って思えて、創作意欲が湧いてきて、ワクワクしたことを覚えています。実は私もずっと続けている創作があります。私はひきこもってからタティングレー スを始め、8年にもなります。よく、「なんで作っているの?」と聞かれますが、私にとっては当たり前のことすぎて、今ではなんで作っているのかわかりません。とにかく作り続けているのです。 実はその作品が、表現の生態系の展示をきっかけにミュージアムショップに置いていただけることになりました。たくさん売れるわけではありませんが、それでも少しずつ買ってくださる方がいて、 嬉しい気持ちになるとともに、少額でも自分でお金を得ることができるのは、とても自信につなが ります。他にもアーツ前橋ではサポーターにも参加しました。展覧会の広報物の発送や、図書スペ ースのラベリングや、それから展覧会の監視員なども体験させていただきました。またアーティストの作品制作に関わるなど、今までに経験のないことばかりでとても刺激になりました。アーツ前橋の存在はアリスの広場とはまた違う、私の大切な居場所になっています。
「まちのほけんしつプロジェクト」は、アリスの広場にハレルワさんという新しい人たちが加わって始まりました。スタートの時に、私たちアリスの若者には詳しい説明がなかったので、なぜそうなったのか理解できませんでした。経営面の難しい問題などを感じさせないよう、私たち若者を気遣ってのことだと後になってわかりましたが、その時は、大事なことや大変なこともちゃんと言って欲しかったのです。そこで、そのことを滝沢さんに伝え「私たちも話し合いに入れてください」 と直訴しました。そこから私たち若者もこのプロジェクトの仲間に入れてもらった気がします。そして私自身も「まちのほけんしつ」に対する意識がより積極的になっていったと思います。
ハレルワさんと一緒に行う「まちのほけんしつ」の企画は、はじめからいいなと思っていました。 これまでにも「にじいろ成人式」※1とか、セクマイ※2の活動についてはとても関心があったので、とても良いことだと思えました。ハレルワさんは、社会をよりよくアップデートしようとしているところや、若い人たちにメッセージを発信しているところが、とても眩しく、それをお手伝いしたい ! と思っています。でも、そんなことより一番嬉しいのは、ただ単に友達が欲しかった私に、友達ができたこと。日常の些細なことに気遣いがあり、そして私も素直に嬉しいと思えます。その空気感が、今の私にはとても大切です。
先日母に、こんな言葉をかけてもらいました。作業の日に寝坊をしてしまい、行くのをためらっている私に、「会いたい人がいるなら車で送っていくよ。行った方がいいんじゃない ? 」と聞いてくれました。些細な言葉ですが、とても嬉しかったです。「まちのほけんしつ」のことを家で話し始めた私は、家族とのコミュニケーションも作れるようになってきたのかもしれません。少しずつですが、なにかが変わってきている気がします。
※1にじいろ成人式
「成りたい人になる(=成人)」ための決意をし、その一歩を踏み出す“あなた”の節目の日。年齢、セクシュアリティ(性のあり方)不問の成人式。(第2回ぐんまにじいろ成人式ウェブサイトより)
※2セクマイ
「セクシャル・マイノリティ」(Sexual Minority、性的少数者)の略語。 性的少数者(せいてきしょうすうしゃ)とは、何らかの意味で「性」のあり方が多数派と異なる人のこと。(ウィキペディアより)
(執筆:Y、写真:滝沢達史)