美術部/絵を描く
絵を描く
アリスの広場に美術部を作った。その経緯は前回に書いたが、アリスのメンバーから絵を教えて欲しいと言われたからだ。絵に対して苦手意識を持っている人は、それと同じくらい絵画への憧れも持っているようなのである。「絵はどうですか?」と聞くと、たいていの人が「絵は描けません」と言う。でも、ヘタな絵だったら誰でも描くことができるだろう。ではウマい絵、ヘタな絵とは何を指しているのだろうかと考えてみた。普通、多くの人がウマイと感じている「あの本物っぽい感じ」には、ギリシャ文明以降から写真が生まれるまでの4000年もの間、人類が写実を求めた続けた歴史の厚みというものが存在している。美術家を育てる大学の受験でギリシャ彫刻の描写が行われているのだから、あれをそっくりに描けるのがウマい人ということになっている。だからピカソの子供みたいな絵はヘタであるし、ピカソがすごいのは本当はウマく描けるのに崩しているからということになるだろう。最近は印象派展に長蛇の列が作られるようになったので、絵はちょっと崩したくらいがイケてる感じになったと思うが、それでもヘタな絵は巨匠に許された領域で、やはりギリシャ時代のウマい感覚が万人の認めるところである。まず美術部を始めるにあたり、そんな絵の話に少し触れてみた。そして学校教育で行われている感覚は4000年前とさほど進化していないことを確認した上で、ウマい絵を描きたい人にはウマい絵を、ヘタな絵を描きたい人にはヘタな絵を教えることにした。
いきなり好きな絵を自由に描くのも難題だと言われたので、まずはリンゴという簡単なお題を設定してみた。リンゴは適当なお題である。(男女も、引力も、しりとりも、リンゴから始まることが多い。)この日用意した画材は鉛筆、色鉛筆、アクリル絵具、カラーインクだ。この日は色々な素材を体験してもらうだけでいいと思っていたが、描き始めると思ったよりみんな黙々と描いている。部屋がシ~ンとしているので、BGMにクラシックなどかけてみると、アリスの広場がまるでサロンのようになった。やはり絵画というのはありがたいものかもしれない。たまに覗きにくる隣のJ社の社員さんも「なんか絵とかすごいっすね、俺には無理だわ~」と冷やかしにきてくれた。そんな様子で第一回の美術部は今までとは確実に違う空気をアリスにもたらした。
その後のおやつタイムで今日の活動を振り返ると、「みんなが集中しすぎてほとんど会話がなかったね、、」という感想が出た。それには、みんながウンウンと頷く。そして、「これなら一人で描けばいいんじゃない?」という元も子もない意見がポロッと出てしまい、一同が爆笑となった。とりあえずその意見はスルーして美術部の存続をみんなで再確認し、次回は『会話をしながら描く』という着地点に落ち着いた。今回はいきなり芸術的すぎたのかもしれない。もう少し今までのアリスらしい茶飲み話に戻って、『半茶半芸』の気持ちよいポイントを探してみることにした。作ったばかりの美術部があわや一回で廃部となるところだったが、そんなのも愉快だった。ただ一つ、今回は嬉しいことがあって、大人数の場所が苦手なKさんが部屋の隅っこに一人で座って、一緒に絵を描くことに参加してくれた。そして、帰り際に次回の美術部の日程を施設長の佐藤さんに聞いてくれたそうである。そういうのは地味に来る。
(執筆・投稿 滝沢達史)